よしコラム

人生最大の失敗から学んだこと【書類1枚で人生が急転直下した体験談】

2020年3月4日

失敗から学ぶことが多いって聞くけど、ホントなのかなー?学べたとしても失敗するのやだな。
悩んでる人
よっしー
学べることは絶対にあると思うよ。でも、ただの失敗だとあんま意味ないかな。
よっしー子はそんなに大きな失敗したの?
悩んでる人
よっしー
うん、人生が変わっちゃたんだ。とんでもないことをしてしまったの…。

 

今回はこんな人間の「当時の気持ちと行動、失敗から学んだこと」を知ることができます。

・進学書類を1枚出し忘れて、進路と月収20万円を失った大学院生

結構なインパクトありますよね。もちろんこのバカモノは「筆者(よっしー子)」です。

✅この記事の内容

・大学院生が月収20万円を得た方法

・人生がかかっている重要な書類を忘れるくらい打ち込んでいた研究

・絶望の淵に立たされた大学院生の気持ちと行動

・この失敗から学んだこと

 

目の前には「私が24時間を全て捧げられるくらい取り組みたいこと」があった。実現に必要な生活費(3年間・月20万円)は何とか準備することができた。そして、あとは書類を出すだけだった。しかし、現実は違った…。

 

こんなストーリー(実話)の続きが読みたい方は最後までお付き合いください。

こんな有益じゃなさそうな記事を読みたくない方も休憩がてらに読んでみてください。

こんな経験してる人はほとんどいないはずですからね。

それでは本題に入っていきます。

 

大学院生が月収20万円(3年間)を得た方法

大学院生が月収20万円(3年間)を得た方法

結論から言います。給付型の奨学金です奨励金という場合もあります。

私は大学院での研究にドハマリして、朝起きてから寝るまでずっっと自分の研究のことばっかり考えていました。

大学には朝8:40(自宅から2時間)には着いてるのに、講義ではなく実験室に行くのが日常でした。土日もです。

とは言っても、研究成果には全く恵まれませんでした。投下時間に対するリターンは限りなくゼロに近かったです。

そんな研究成果のない大学院生がどうして月20万円もの奨励金を得ることができたのでしょうか?

・大学が推進しているプログラムを活用すること

・博士課程に進学すると決めること

この2つがあれば、簡単にもらうことができます。母数が少ないですからね。

 

「大学が推進しているプログラム+博士高待遇の仕組み」を利用すること

大学って、「勉強したい人」を応援しているんです。

ある程度の規模が大きい大学であれば、独自の教育や活動があるはずです。

大学が独自に用意している奨学金も存在するため、学生支援課?的なところに足を運ぶことは重要です。

また、大学は日本の最高教育機関であることから、「日本人の研究者の減少」に対して危機感を持っています。

私の在籍していた大学には「博士教育を推進するプログラム」がありました。そのプログラムに参加することで月20万円の奨励金を受け取ることができました。条件は以下の通り。

  • 博士過程(大学院修士過程2年の後に+3年)に進学すること
  • 他専攻の研究も実施すること
  • 留学生と共に学び、共に成長する(学期ごとに4日くらいフィールドワークに行くなど)
  • 試験に合格すること(英会話のスキル、研究のアピール)

 

正直なところ応募者が少ないので、博士課程に進学したい気持ちがあれば、試験は問題ありません。

そして、他専攻の研究や留学生との活動も適当にこなせば問題ありません。

以上より、私は安定した基盤(お金)を用意して、博士課程に進学することが内定していました。

 

人生がかかっている重要な書類を忘れるくらい打ち込んでいた研究

人生がかかっている重要な書類を忘れるくらい打ち込んでいた研究

私は大学研究が本当に好きでした。

  • 自由な発想のもとで挑戦できるから(企業ではリターンが第一)
  • 提案→実践がスピーディーでノーストレス(企業では長ーーい承認フローがある)
  • 教授が神だった(企業でも神な上司はいるかもですが、私にはいません)

 

修士課程の2年間は常に研究ファーストで取り組んでいたと思います。

  • 毎朝6:30に家を出て、2時間かけて通学する(電車では英語学習、論文読む、データ整理、など)
  • 学校を出発するのは基本20:30(帰宅時間は23時ごろ)
  • 講義よりも実験
  • 土日も研究室に行く
  • 年末は31日まで、お正月は2日から投稿(GWもお盆も)
  • 教授もいつも学校にいます

 

こんなペースで研究していたら、偉大な成果がなくても、これくらいは可能でした。

  • 学会発表では興味を持たれる
  • 国際学会でも発表することができる
  • 論文執筆も2件達成(英語)

 

絶望の淵に立たされた大学院生の気持ちと行動

絶望の淵に立たされた大学院生の気持ちと行動

そして、事件は起こった。順調に修士課程のまとめ(修士論文)を提出し、来年度の研究予算を得るための書類を書いていた時、あれは2月の初目の寒い日だった。

その日は徹夜で書類を作成していたため、少し遅れて登校した。11時くらいだった。研究室メンバーの表情がどこかよそよそしかった。私はすぐにその理由を尋ねた。彼はこういった。

「よっしー子さん、願書忘れてません?」

「あ、確かに忘れてる。あれ、1月末締めやったはずやわ〜。」

この時、私は「何とかなるだろう」と軽く捉えていた。長い生活の中で大学の締め切りがゆるいことは知っていたからだ。すぐに教授に連絡した。この時の教授の焦り方は今でも鮮明に覚えている。

「…、やばいな。とりあえず、アンタは事務所行って何とかして貰えんか聞いてこい。ワシもできることはしてみる」

「え?」となった。

事務所に行くと、そこの人も焦り始めた。お偉いさんが出てきたけど、「どうしようもない」と言われた。

3時間くらいして教授と会うことができた。その時、教授は本気の顔をしていた。

「学長まで話をあげてもろたけど、どうしようもないわ。進学=入試やから法律に関わってくるんや。」

その瞬間、大学院生活2年間の思い出がフラッシュバックした。気づいたら涙が出ていた。頭が真っ白になった。

研究室に戻った時の居心地の悪さは表現できないレベルだった。優しい言葉や慰めの言葉、心配してくれてる気持ちは伝わるが、心に響かない。

この日の寝る前に私は気づいた。「進路と月収20万円」を失ったことを。もちろん寝られなかった。

次の日、教授から長いメールが来ていた。内容は「純忠満帆に歩んでいたアンタの人生を台無しにした」という謝りと、「早めにどうするか決めるのが吉」という催促だった。このメールは一生大事にするつもりだ。

というのも、修士論文を提出済みの大学院生に残された進路は修了(卒業)であるからだ。進学が途絶えたため、選択肢は2つ。

半年間フリーターをして夏の入試を受けるか、修士論文を取り下げて留年し就職活動するか、である。経済的に余裕がなかったので後者を選んだ。奨励金なしでの博士課程進学はバイト漬けになると考えたからだ。

この決断を下すのに3日かかった。この3日間はほとんど布団から出れず、鬱状態だった。

就活解禁1ヵ月前であるため、すぐに動き出した。大学での就活セミナー、リクルートスーツの購入、ESの書き方の学習など。

何かしていないと、すぐに研究に対する未練を思い出すからだ。実際に就活で研究のことを話すのは辛かった。また、留年した本当の理由は言わなかった。

こうして私は大企業に就職した。一方で、あんなに好きだった実験室に入るのは嫌いになってしまった(〜秋)。

 

この失敗から学んだこと

この失敗から学んだこと

「大好きな研究に注力しすぎて研究ができなくなってしまった」

これが私の体験談のまとめです。

つまり、「周りが見えないくらい没頭することは本当に楽しい。でも、それを支えている基盤にも目を向けないと何もできなくなる」ということです。

長いのでもう一度まとめると

「好きなことを続けるには嫌なこともやらないといけない」

ということです。

具体的にいうとこんな感じです。

ブログを書くには、面倒なドメイン取得やサーバーレンタル、ワードプレスの設定をしないといけないのです。

Twitterを楽しむには、多くの人に見てもらえるように工夫しないといけない(←これは楽しい)

Youtubeに没頭するなら、Googleポリシーの遵守や動画コンテンツの学習をしないといけない

 

成長したこともあります。

それは圧倒的にメンタルが強くなったことです。

人生が変わるくらいの大きな失敗を偶然してしまったおかげで、小さな失敗を恐れなくなりました。

「んー、これミスっても死ぬわけじゃないからね。上司に怒られるくらい何ともないっすよ」的な思考です。

良く言えば「大胆」、悪く言えば「適当」、こんな人間になりました。

 

え?そんな人が大企業で働いていけるの?ルールとか厳しいでしょ?
悩んでる人
よっしー
うん、めっちゃ窮屈だよ。だから、自分の働きたいように働く術を模索しているんだ。

 

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よっしー

【”英語”の付加価値であなたのキャリアを好転させる】|【勤務】日系大手メーカーの開発チーム|【英語歴】TOEIC860点、リーディング大学院、国際学会発表|【発信内容】英語×キャリア、バリキャリの日常コラム|【その他】男、27歳、サッカー、旅行、車、小説、ゲーム|パスポートすら持っていなかったボクでもTOEICがキッカケで人生が変わった。こんな経験に基づく情報をありのまま伝えていきます。

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